忍者ブログ
竹林記者の独りよがりの雑文です。泣き言、反省、得意げ、怒り・・。暇つぶしにも足りませんがよろしかったら・・。
カレンダー
12 2025/01 02
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索
[9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [19] [20]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 大昔、学生時分に警備員のアルバイトをよくやった。たまに多摩川競艇場や立川競輪場へ派遣されることがあった。微妙にサイズが合わない制服を支給され、無料駐車場の管理や競艇場・競輪場周囲の交通整理などが主たる仕事だった。入場人員が格段と多い当時の競輪競艇の混雑は現在の比ではなかった。北多摩高校の裏手にある大きな駐車場はすぐに満杯になった。満車ですからの制止を無視して強引に車を止めて行ってしまう客もいた。しょっちゅう客と警備員で揉めていた。たまにその北多摩高校の前を通ることがあるが、下校時に時間がかち合うと、まあ高校生のマナーの悪いこと。クラクションを鳴らし続けるタクシーの運転手が気の毒になる。

 休憩室で初老の男が出走表を見ていた。この岩崎ってのは強かったんだぞ、とぼくに言った。岩崎誠一のことだった。記念競輪の表彰式の警備でバンクのなかに立ったこともある。尾崎将彦が三連勝(当時の記念は三日制)の完全優勝で観客の声援に応えていた。バイト先の警備会社のサホダ隊長が尾崎に「おめでとうございます」と言ったのを憶えている。

 あれから三十年弱が経った。

初老の男は生きていればゆうに八十を越えていることだろう。尾崎は数年前に引退した。サホダ隊長の消息はわからない。

なんの因果か、ぼくだけは立川競輪場に戻った。

そして雨の記念レースを見ている。
PR
忍者ブログ[PR]