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竹林記者の独りよがりの雑文です。泣き言、反省、得意げ、怒り・・。暇つぶしにも足りませんがよろしかったら・・。
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 松戸競輪の初日10Rは岡部芳幸の先行、逃げ切りだった。

 一日前の前検日、検車場で紫原政文は連携する足立重満とメンバー表を見ながらこんなようなことを言った。「先行? 荒木のうしろは地元かぁ。それか馬渕か。でもこのメンバーなら岡部が逃げちゃうかも。西武園だって突っ張ってたもんねぇ」と。

 紫原は岡部の先行を見抜いていたと記せば大仰になるが、トップクラスはトップクラスを知る。そんな場面に遭遇した気がする。

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ゴールド・ウィング賞争奪と銘打たれた西武園記念が終幕した。

そのゴールド・ウィング賞に輝いたのは大塚健一郎だった。同期生・兵藤一也のうしろからシビアに中を割っての記念初優勝だった。

大塚健一郎はダービーからけっこう流れがいいというか、いい位置をまわれる競走がずっと続いていたように思う。そうそう、ダービーではゴールデン・レーサー賞もとったんだっけ。ゴールド・ウィングにゴールデン・レーサーかぁ。GOLDを括弧で括れるくらい? 似かよった名称である。

教訓。西武園記念では前月のダービーにおけるゴールデンレーサー賞の勝者を気にするべし。

年初の大宮記念の決勝、まくりきって直線先頭の平原康多マークだった川口満宏はタテには踏まず、外を迫っていた三宅達也をきつくブロックした。平原からすれば恩義? を感ずるに充分な「番手の仕事」だったはずだ。

そのことが濃く記憶に残っていて、以後この2人が乗り合わせたときは平原が「恩返し」でブンブン逃げて川口が恵まれる、という車券を気にし続けている。

西武園記念の初日は、いつも前(スタート)をとることが多い平原がうしろ攻めを選択してカマシ先行、きれいに川口を連れていったが差すどころではなかった。

川口を気づかって逃げてもいまの平原は強いのだから、むしろ2人のワンツーを素直に買えばいいのかと考えた矢先の2日目11レースだった。

正攻法の平原は強引に突っ張り先行、誰もまくられなかったが直線はもたず。番手の川口が「ついに」恵まれ、すじ違いが飛び込んできたせいもあるが、3連単は強烈な大穴車券となった。

10年やってる早朝野球と同じで、ぼくはどうも振り遅れが多い。スイングスピードを鍛え直さねば。

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